第8回:ヨーロッパでの近現代美術作品の売買における「追求権」


ルーブル美術館、オルセー美術館、ロダン美術館など有名な美術館が多く、アーティストが世界から集まるパリであるが、美術品取引の市場規模は近年縮小化が進んでいる。、現在、フランスの美術品市場のシェアは中国(41,4%)、アメリカ(23,6%)、イギリス(19,4%)から大きく引き離され、世界第4位(4,5%)となっている(Artprice, Art Market Trends 2011)。

日本では、著作者の「追求権」は著作権として制度化されていないが、ヨーロッパでは2001年9月27日の指令(Directive 2001/84/EC of the European Parliament and of the Council of 27 September 2001 on the resale right for the benefit of the author of an original work of art )により全EU諸国に追求権が制度化された。この追求権の制度が、イギリスを含めたヨーロッパの美術品市場を将来弱体化させるものとして、近年多くの専門家から懸念されてきた。


● 追求権の定義とフランスにおける制度の沿革

追求権(仏:Droit de suite、英:Resale Right)とは、図表・造形美術(絵画や彫刻など)の作者である芸術家の著作権の一つで、芸術家が、自分の売った作品が他の者により転売されるごとにその売価から一定比率の報酬を受けることができるという権利である。

追求権が生まれた背景

追求権は、フランスで20世紀初めに生まれた制度である。19世紀後半から20世紀初めのフランスは、ピカソやゴーギャン、モネ、マティス、ドガ、セザンヌ、ルノワールといった巨匠が活躍した時代である。当時、芸術家には社会保障が与えられておらず、唯一の収入源である作品の販売も買い手市場であり、多くの芸術家が有名になるまでは廉価で作品を美術商に譲ることを強いられていた。アンブロワーズ・ヴォラールのように才能のある画家の作品を安く買い、有名になった後で高く売って巨額の富を築いた美術商がいたのはそのためである。

こうした状況の中、1893年に弁護士のアルベルト・ヴォノワ(AlbertVaunois)が、文学作品や音楽の著作者が作品の複製や上演から著作権料を支払われているのに対し、美術品の著作者である芸術家が作品の複製や展示から著作権料を支払われていないのは不公平であるという論文を発表した。これをきっかけに、芸術家の経済的権利をより保証する著作権法を制定しようという動きが高まり、1910年4月に美術品の譲渡は作品の複製権の譲渡を含まないことを定める法律が、1920年5月に芸術家に対する追求権の支払いを定める法律が制定された。

1920年5月20日法による追求権の制度化

1920年法でフランスに導入された追求権の制度は、①オークション (公的競売) で転売された ②図表・造形美術作品の原作品について ③作品の売価の1-3%に相当する額が④著作者である芸術家の生存中は芸術家本人、芸術家の死後は50年間その相続人または遺産受取人に対して支払うことを義務づけるものであった。

追求権は著作者である芸術家の財産的利益を保護するという点で著作財産権であるが、芸術家の生活を安定させるという追求権の目的に鑑み第三者に譲渡することが禁止され(1920年法第1条)、芸術家本人に固有の著作者人格権としての性格も持つ権利となった。

1957年3月11日法による改正

1920年法では、遺産受取人が相続人に並んで死亡した芸術家の追求権を行使できると規定されていたが、追求権が第三者に譲渡不可能であれば、遺産を譲り受けた遺産受取人が芸術家の追求権を行使できる(フランスでは、著作者人格権(droit moral)は著作者の死後永久に保護され、著作者の死後はその相続人(相続人の死後はその相続人)が死亡した著作者の著作者人格権を行使する。)というのは矛盾するという見地から、1957年3月11日の著作権法で追求権の制度が改正された。

1957年法で改正された追求権の制度は、①オークションや美術商により転売された ②図表・造形美術作品の原作品について ③作品の売価の3%に相当する額が ④著作者である芸術家の生存中は芸術家本人、芸術家の死後は50年間 (1993年10月の著作権保護期間の調和に関する指令(EU指令第93/98/CE)国内法化以降70年間) 、その相続人に対して支払うことを義務づけるものであった。

この1957年法の規定は1992年7月1日の法律で知的所有権法第L122-8条となり、2006年に2001年のEU指令を国内法化するための法改正が行われるまで約50年間適用された。ただし、画廊における追求権の徴収方法を具体化する政令が美術商の反対で制定されなかったため、実際には追求権はオークションにおける作品の売買にのみ適用されていた。

フランスにおける美術品取引額の低下とEU指令の採択

以上に見たように、追求権の制度はフランスで、芸術家の経済的権利を保証するために定められたものであるが、追求権としての芸術家の報酬を売主から徴収するオークショナーからは、売主に追求権の支払いを義務づけるフランス法が、パリにおける近現代美術作品の取り引きの妨げになっていると批判されてきた。

死後70年を経ていない芸術家の作品が、フランスのように追求権が徴収される国にある場合、その作品を売ろうとする美術品収集家(コレクター)は、その国で作品を売って売価の3%を追求権として芸術家に支払うのと、追求権の適用がない国に作品を移して売るのとで、どちらの方が経費が安いかを比較する。作品の価値が高額になればなるほど追求権の額も高くなるので、コレクターたちはパリで作品を売るよりも運送費と保険代を支払ってロンドンやニューヨークで作品を売ることを選ぶようになる。

このように追求権の制度の存在が、世界の美術品取引市場でフランスを不利な立場に置き、高額の近現代美術作品の売買がパリで行われなくなってきているとして、フランスのオークショナー達は90年代に政府に対して、少なくともヨーロッパ内の美術品取引市場で公正な競争が行われるためにも、追求権の制度をEU全体で義務化する指令の採択を欧州委員会に求めるよう働きかけてきた。最終的にフランス政府の提案は1996年欧州委員会に受諾され、何度か修正を重ねた後、2001年9月27日の指令、「追求権指令」としてEU加盟国で制度が統一された。


● 追求権指令によりEU加盟国で統一された追求権の制度

2001年の指令でEU加盟国で統一された、追求権の制度は以下の通りである。

追求権の適用範囲

追求権は、美術品売買を職業とする者(art market professionals)が関与する全ての美術品の転売(オークションハウス、画廊、古美術品店における売買)に適用される

(追求権指令第1条)
→<美術品売買を職業とする者>が関与しない、個人間での美術品の売買には適用されない。
→芸術家本人による自己の作品の販売には適用されない。

ただし、加盟国は国内法で、芸術家から直接作品を買った買主が、購入から3年以内にその作品を売る場合、売価が10,000ユーロを超えない作品を、追求権の適用対象から除外することができる。また加盟国は、3,000ユーロ以下で追求権が適用される作品の最低額を定めることができる。

追求権が徴収される美術品の種類

追求権は図表・造形美術作品の原作品(original work of art)に適用される(追求権指令第1条)。

“図表・造形美術作品の原作品”とは、絵画、貼絵、鉛筆画、彫版、印刷、リトグラフ、彫刻、タペストリー、陶器、ガラス細工、写真などで、芸術家本人により捜索された作品、または作品の原型・原図とされているコピーを指す(追求権指令第2条)。

 →作家の原稿や作曲家の楽譜には適用されない。 →彫刻や版画など一つの型や版で複数の作品の製作が可能な場合、どこまで“原作品”とするかにつ
いては、芸術家本人またはその指導の下で限定的に製作され、芸術家の署名や番号がついた作品を“原作品”とする(追求権指令第2条)。

追求権の額

  • 50,000ユーロ以下の作品:売価(税抜価格)の4%
  • 50,000ユーロ以上200,000ユーロ以下の作品:売価の3%
  • 200,000ユーロ以上350,000ユーロ以下の作品:売価の1%
  • 350,000ユーロ以上500,000ユーロ以下の作品:売価の0,5%
  • 500,000ユーロ以上の作品:売価の0,25%

ただし、上限は12,500ユーロとする(追求権指令第4条)。
→2百万ユーロ以上の作品については、いくら高額で売れても追求権の額は一律12,500ユーロである。

追求権の負担
追求権は基本的に売主が負担する(追求権指令第1条)。ただし、加盟国は追求権の支払いの責任を売主とは別の者に課することができる。

追求権の権利者と支払い期間
追求権は、作品の作者である芸術家の生存中は芸術家本人に、芸術家の死後は70年間、その相続人に支払われる(追求権指令第6、8条)。

追求権の管理
追求権の徴収と権利者への支払いの管理を著作権管理団体に委ねるか否かは、加盟国が決定する(前文28項)。

 

追求権額の制限に関する規定は、追求権の導入に否定的だったイギリスに対する譲歩として定められたものであるが、この規定により高名な芸術家がその名声の経済的利益を十分に受けることができないとして欧州委員会の中でも批判が強かった。


● 追求権指令の国内法化

追求権指令に準拠した国内法の整備期限は2006年1月1日に定められ、例外的に追求権の制度が存在しなかった国においては、2010年1月1日までの4年間(2年延長が可能)まで、死亡した芸術家の作品を追求権の徴収対象から外すことができるとされた(追求権指令第8条)。

指令採択当時、追求権の法制がなかった加盟国はイギリス、オーストリア、オランダ、アイルランドの4か国だった。その後、2004年にマルタがEUに加わったが、これら5カ国とも全て2010年1月1日までの移行期間中、死亡した芸術家の作品を追求権の徴収対象から外すオプションを取り、さらにこの移行期間を2012年1月1日まで2年間延長する方針を採った。
ところが、市場で転売される美術品の大半は死亡した芸術家の作品である。追求権指令施行の影響に関する欧州委員会の2011年12月14日のレポート(ec.europa.eu/internal_market/copyright/docs/resale/report_fr.pdf )によると、追求権が適用される美術作品のEU加盟国全体の取引額のうち、64%をイギリスが、12%をフランスが、5%をドイツが占めているが、作品総数65,000点のうち3分の2が死亡した芸術家の作品、3分の1が生存中の芸術家の作品である。

追求権指令採択後、2002年3月にイングランド芸術評議会が発表したレポート (« Implementing Droit de Suite (artist’s resale right) in England »(www.artscouncil.org.uk))によると、作品の値段が50,000ユーロを超える場合には、ヨーロッパで売って追求権を支払うよりも、運送費と保険代、税関費用を支払ってニューヨークに作品を移す方が売主にとってコストが低い。

こうしたことから、追求権指令の国内法化にあたり死亡した芸術家の作品を追求権の徴収対象から外すオプションを採ったイギリスでは、今年以降、追求権施行の影響が真に表われるが、近現代美術の重要な作品の取り引きがアメリカと中国に移り、香港における美術品市場の急速な発展で世界3位に落ちたロンドンの美術品市場が、さらに上位2国から引き離されてしまうのではと危惧されている。


● フランスとイギリスにおける追求権制度の比較

追求権指令は、EU加盟23カ国で国内法化されているが、指令の条文のうち加盟国による裁量の余地を認めているものに関しては、加盟国間で若干制度に違いがある。追求権指令はフランスでは2006年8月1日のDADVSI法で、イギリスでは2006年2月13日の追求権規則(Artist’s Resale Right Regulations)で国内法化されたが、二つの国の制度で若干違いが見られるのは、追求権の負担と徴収方法についてである。

まず、フランス法では、追求権は売主が負担するもので、支払いの責任が売買に関与する< 美術品売買を職業とする者>(ただし売買が<美術品売買を職業とする者>の間で行われる場合には売主)にあるとされている(フランス知的所有権法第L 122-8条第3項)。それに対し、イギリス法では支払いの責任は売主と<美術品売買を職業とする者>が連帯して負うとされ、負担の所在は明記されていない(イギリス追求権規則第13条)。

次に、イギリスでは著作権管理団体に追求権の管理を委ねることが義務づけられており(イギリス追求権規則第14条)、芸術家やその相続人が作品の売買において直接追求権を徴収することはできない。それに対し、フランス法では追求権の徴収と支払いの管理を著作権管理団体に委ねることを義務づけていない。
したがって、フランスでは芸術家やその相続人が自ら追求権の管理をすることができ、追求権が適用される作品の売買において、オークションハウスや美術商が売主から徴収した追求権の支払いを直接受けることができる。この場合、芸術家やその相続人から追求権の支払い請求を受けたオークションハウスや美術商は、売買から4か月以内に徴収した追求権を権利者に支払わなければならない。権利者から追求権支払いの請求がない場合には、売主から追求権を徴収したオークションハウスや美術商は、売買が行われた4半期の終了から3か月以内に、著作権管理団体に売買があったことを報告する(フランス知的所有権法第R 122-9条)。こうした義務をオークションハウスや美術商が怠る場合には、罰金刑に処される(フランス知的所有権法第R 122-11条)。

しかし、実際上はフランスでも、ほとんど全ての芸術家とその相続人が図表・造形美術の著作権管理団体であるADAGP(Société des auteurs dans les arts graphiques et plastiques)や、視覚芸術の著作権管理団体であるSAIF(Société des auteurs visuel et de l’image fixe)に追求権の管理を委任しており、自ら追求権の管理をしているのは現在ピカソ(1973年死去)とマティス(1954年死去)の相続人だけとなっている。


● フランスのオークションハウスの生き残り戦略:クリスティーズ事件

先に見たように、追求権指令ではその第1条で「追求権は基本的に売主の負担である」が、加盟国は追求権の支払いの責任を売主とは別の者に課することができると規定している。この点、イギリス法では追求権の負担は明記しない一方、フランスでは2006年に同指令を国内法化する際、あえて「追求権は売主が負担する」と明記し、支払いの責任は売買に関与する <美術品売買を職業とする者>にあると規定する条文が制定された(知的所有権法第L 122-8条)。フランスのオークションハウスや画廊ではこの条文の存在により、また、従来のフランスにおける追求権の制度からも、追求権は売主が支払うのがルールとされてきた。

ところがイギリス系のオークションハウス、クリスティーズ(Christie’s France)は、こうしたフランスにおける追求権の“厳しい”制度が近現代美術作品のコレクターが海外で作品を売る原因となり、フランスの美術品市場を弱体化させていると批判し、追求権が適用される作品のカタログに記載される売買取引約款の中で、「クリスティーズは追求権を売主のために、売主の名で買主より徴収する」という条項を定め、追求権の負担を事実上買主に負わせる戦略を取った。
こうしたクリスティーズ社の戦略が多くのオークションで適用されれば画廊や古美術商による近現代美術作品の取引がさらに難しくなると考えたフランス古美術商協会(Syndicat national des antiquaires, SNA)、及び画廊職業委員会(Comité professionnel des galeries d’art, CPGA)は、クリスティーズ社の商法を不正競業であるとし、同社の売買取引約款は知的所有権法第L 122-8条に違反し無効であると訴える訴訟をそれぞれ提起した。

この2つの訴訟で特に論点となったのは、追求権の支払い義務を売主に負わせる法律の規定は強行法規かそうでないかであった。追求権の支払い義務を売主に負わせる法律の規定が強行法規であれば、売主と買主との間の契約で変更することが認められず、それに違反する契約の無効は全ての者が訴えることができる。一方、強行法規でなければ、当事者の契約で変更することが可能であり、強行法規でない規定に違反する契約の無効は、その違反により利益を侵害される者しか主張することができない。原告であるフランス古美術商協会と画廊職業委員会は、追求権に関する知的所有権法第L 122-8条の規定とその基となった追求権指令の条文は、ヨーロッパ内で美術品市場における競争を公平にするという公的利益を保護するためのものであるから、強行法規であると主張したのに対し、クリスティーズ社はこれらの規定は芸術家の経済的権利という私的利益を保護するためのものであるから、強行法規ではないと主張した。

パリ大審裁判所第3院は、2011年5月20日(Christie’s France / SNA)及び2011年9月27日(Christie’s France / CPGA)、以下の理由でフランス古美術商協会と画廊職業委員会の請求を却下する判決を下した。

  1. 追求権の制度は芸術家がその作品の価値に応じた収入を受ける権利を保護するために定められたものなので、強行法規ではなく、それに違反する契約は絶対的無効ではない。
  2. 追求権の支払い義務を売主に負わせるL 122-8条の規定は強行法規でない以上、芸術家とその相続人のみが同条に違反する契約の無効を訴えることができ、フランス古美術商協会と画廊職業委員会はクリスティーズ社における売買の取引約款の条項が違法で無効であることを訴える資格がない。
  3. 不正競業は過失と損害、そして過失と損害の因果関係があることが成立条件である。
  4. フランス古美術商協会と画廊職業委員会はクリスティーズ社が買主に追求権を負担させていることにより古美術商や美術商が受けた損害を証明しておらず、またクリスティーズ社がL 122-8条の規定に従って<美術品売買を職業とする者>として追求権の支払いに責任を果たしている以上、クリスティーズ社に過失はない。

敗訴したフランス古美術商協会と画廊職業委員会は両判決に対して控訴を提起しため、クリスティーズ以外のパリの大手のオークションハウス(Sotherby’sやArtcurialなど)はまだ売買取引約款の変更に慎重であるが、パリ控訴院が大審裁判所の第一審判決を確定すれば、フランスの多くのオークションハウスで追求権の負担を買主に負わせる売買取引約款が作成されると考えられている。


以上のように、フランスの要請を受けてEU内で統一された追求権の制度であるが、EUの景気後退もあり、美術品取引市場を縮小させるものとして懸念の対象となっている。
追求権は万国著作権条約第14条でその制定可能性がうたわれているが、世界レベルでは追求権が法律で規定されている国でも実際に徴収を行う制度を整えている国は少なく、特に追求権を制定する必要のある美術品取引の最も多い2国(アメリカと中国)では追求権は存在しない(カリフォルニア州を除く。カリフォルニア州では1999年のCalifornia Resale Royalty Actにより、芸術家の生前及び死後20年間、5%の追求権を支払うことが義務づけられている)。EUで最も市場規模が大きいロンドンで追求権指令が完全に施行される今年以降、取り引き高が減少する場合には、将来EUが追求権の制度を見直すことは不可避になっていくであろう。

 

(日経BP知財Awaness (日経BP社) - "フランス知財戦略" 2012年10月号掲載記事)