第2回:知的財産権侵害訴訟を活かす-Part II - フランスの知財侵害訴訟における損害賠償

ポンヌフ通り2番地に本社を構えるルイ・ヴィトンは、世界中で知財侵害訴訟を繰り広げているが、フランス一国に限っても去年1月から今年5月までの1年半の間で6,135,000ユーロ(約7.2億円)もの額を知財関連訴訟の損害賠償として獲得している。フランスでは、エンフォースメント指令を国内法化する2007年10月29日法の施行以来、知財侵害訴訟で裁判所が侵害者に対して支払いを命じる損害賠償の額が増加した。以前は損害賠償額の算定にあたり、権利者が実際に受けた損害額のみをその基準としなければいけなかった。しかし、同法以後は権利者が実際に受けた損害だけでなく、侵害者が侵害品の販売により得た利益を考慮することができるようになり、さらに権利者が受けた精神的損害も損害賠償額に加えられることができるようになった。

フランスでの知財侵害-民事訴訟、刑事訴訟どちらを選ぶか

損害賠償の算定が問題となるのは、民事訴訟である。日本と同様フランスでも知財侵害は民事刑事両方の責任を発生させるので、偽造品を摘発した権利者は侵害者に対して民事訴訟と刑事訴訟どちらかを選んでその責任を追及することができる。しかし、刑事訴訟は原則的に犯罪人の処罰が目的であるため、刑事の知財侵害訴訟で勝訴しても、損害賠償はあまり得られない。さらに、フランスにおける刑事訴訟では予審判事が予審を行うため、侵害の差し止めを命じる第一審の判決が得られるまでに数年かかり、しかも控訴されれば判決が確定するのに最低5、6年もかかってしまう。

一般的に、大企業の商標や特許を個人や小企業が侵害する場合で、侵害品の販売の差し止めが何よりも優先される場合には、刑事で知財侵害訴訟を起こすメリットはまったくない。まず、民事のレフェレの手続を使って約一ヵ月で侵害の仮差し止めを得た後に、損害賠償を求める本訴訟を提起するべきである。刑事訴訟が民事訴訟よりもメリットがあるのは、ある企業や個人の知財を有名な大企業や競争相手企業が侵害した場合に、被害者たる権利者がその企業を刑事で起訴したと発表することで、名を落とすことを侵害の差し止めや損害賠償よりも優先するような事情がある場合である。

知財侵害の損害賠償を請求する権利

民事の知財侵害訴訟を提起できる資格を持つのは、原則的に権利者である。ライセンシー(使用・実施許諾権者)は、独占的代理店などの独占的ライセンシーであっても、知財侵害の場合に権利者の名で侵害の差し止めと損害賠償を請求する民事訴訟を起したり、権利者に並んで原告となることはできない。知財侵害の場合の差し止め請求権と損害の賠償請求権は権利者固有のものであり、権利者の子会社でないライセンシーが権利者を代理したり、権利者に準じて権利を主張することはできないからである。したがって、権利者が原告となって侵害の差し止めと損害賠償を請求する民事訴訟を提起する場合には、ライセンシーは訴訟の当事者となることはできず、単に第三者として訴訟に参加し、自らの受けた損害賠償のみを請求することのみができる。

例外的にライセンシーが自ら民事の知財侵害訴訟の原告となり、権利侵害の差し止めや損害賠償の支払いを請求することができるのは、独占的ライセンス契約の契約中でライセンシーによる訴訟提起が禁止されていない場合に、権利者が訴訟権を放棄する意思を表明する場合である。権利者が訴訟権を放棄したことを証明するために、まず独占的ライセンシーは権利者に対して民事訴訟の提起を催告する書簡を送らなければならない。一定期間を置いても権利者が返事をしないか、訴訟を提起しないと返事した場合に、原告として侵害者に対し知財侵害の民事訴訟を提起することができる。当然、ライセンシーが自ら民事の知財侵害訴訟の原告となる場合、裁判所が後日侵害の事実を認めた場合に侵害者に対して命じる損害賠償は、原告である独占的ライセンシーのみに支払われる。一度訴訟権を放棄した権利者は、独占的ライセンシーの提起した訴訟に介入することができない。

知財侵害の損害賠償の算定基準

2007年法でフランス知的所有権法に新しく導入された、知財侵害の損害賠償算定基準は以下の通りである。

  • 被害者が受けたマイナスの経済的効果(逸失利益を含む)
  • 侵害者が侵害品の販売により得た収益
  • 権利者が受けた精神的損害

ただし、被害者が請求する場合には、

  • 一括の損害賠償額。通常使用許諾を得た場合に支払われるライセンス料の額以上でなければならない。

実務上、侵害者が得た収益を損害賠償の算定において考慮することは、大企業による小企業や個人の知財侵害を防止する点で非常に効果的である。それまでの「実際に受けた損害に限定」ルールのもとでは、例えば一週間に100個の製品しか製造する能力のない小企業の特許を侵害して、大企業が一週間に1,000個の製品を製造した場合にも、特許侵害の損害賠償額は一週間に100個の製造能力をベースとして算定される。そのため、大企業は小企業や個人の知財を侵害して上げることのできる収益が、権利者により訴訟を起こされた場合の訴訟費用や、負けた場合に支払わなければならない損害賠償額より大きいと考えられる場合には、権利を侵害することを辞さない場合があった。権利者に対して支払われる損害賠償の額を侵害者が得た収益に基づいて定めると規定することは、このような侵害者に対して大きな抑止効果がある。

原告による損害額の証明と裁判所による損害賠償額の算定

知財侵害の損害額を証明する義務は、原告にある。原告は訴訟提起の前段階としての被疑知財侵害物品の差し押さえ(saisie-contrefaçon)手続きを裁判所に申請する申請書の中で、手続きを行う執行吏が被疑侵害品を差し押さえてサンプルを持ち帰るだけでなく、被疑侵害者の会計書類や店舗、オフィスにあるコンピューターのハードディスク、その他の侵害品の販売に関する書類すべての差し押えを請求することができる。侵害物品差し押さえ手続きで得られた証拠はすべて、本案訴訟手続きにおいて権利侵害の事実だけでなく権利者が受けた損害額の証拠となる。前回のコラムで説明した通り、フランス法では原則的に善意の侵害者も権利者に対して損害賠償責任を負う。そのため、商標を侵害する製品を侵害品と知らずに販売している小売店や、保存する倉庫等での侵害物品差し押さえ手続きを申請する際にも、会計書類の差し押えを請求することは重要である。

一方、差し押さえた侵害者の会計書類から侵害者が販売した侵害品の個数がわかる場合、裁判所は逸失利益としての損害賠償額と侵害者が侵害品の販売により得た収益を比べて額の大きい方を損害賠償額として決定する。

例えばA社がB社の20ユーロの商品(原価12ユーロ)の模倣品を15ユーロ(原価3ユーロ)で10,000個販売した場合、B社の逸失利益:利幅8ユーロx10,000=80,000ユーロ、A社が侵害品の販売により得た収益:利幅12ユーロx10,000=120,000ユーロとなるので、120,000ユーロが主要な損害賠償額として決定される。

(判例1)意匠権侵害:Carré Blanc / Carrefour

高級テーブルクロスやバスタオルを製造するCarré Blanc社は、同社が意匠として登録している刺繍を施したバスマットの偽造品を、大手スーパーCarrefourが販売しているとして、意匠権侵害訴訟を提起した。ベルサイユ控訴院は2010年3月10日、Carré Blanc社が係争の対象となっている刺繍を施したバスマット一枚の販売につき得ていた利幅が9,49ユーロで、Carrefourにより販売された侵害品の個数が98,682点であることからCarré Blanc社の逸失利益は9,49x98,682=981,886ユーロ、一方Carrefourが侵害品の販売により得た利益は981,886ユーロと算定した上で、Carrefour社に対し意匠権侵害の主要な損害賠償として981,886ユーロ、さらにCarré Blanc社の意匠で守られているデザインが通俗化したことによりCarré Blanc社が受けた精神的損害の賠償として40,000ユーロ、計1,021,886ユーロ(約1.2億円)の支払いを命じた。

特許権侵害のケースでは特に権利者の逸失利益を正確に算定することが難しいために、しばしば本案判決に先立ち損害賠償額を決定するための司法鑑定が裁判所により命じられる。この場合、鑑定にかかる期間を考慮して、損害賠償の一部の支払いが同時に命じられる。

(判例2)特許権侵害:Agilent Technologies Deutschland GmbH, Hewlett-Packard GmbH / Waters Corporation, Waters SAS

1997年10月、Waters社は、Hewlett-Packard GmbH社の圧力で水をくみ上げる技術に関する欧州特許の無効を請求する訴訟を、パリ大審裁判所で提起した。これに対してHewlett-Packard GmbH社と同欧州特許のフランス効力部分の譲受人であるAgilent Technology社は、Waters社とそのフランスの子会社に対して2000年に特許侵害訴訟を提起した。2002年5月、パリ大審裁判所は損害賠償額を決定するための鑑定と損害賠償の一部の支払いを命じ、2004年6月に鑑定人の報告書が提出された。一方、当事者間の応訴状のやり取りの中で新たな特許権侵害が明らかとなったため、第2の鑑定人が裁判所により任命され、その報告書は2008年6月に提出された。これらの鑑定人の報告書をもとに訴訟提起から9年後の2009年1月14日、パリ大審裁判所は、Waters社に対し特許権侵害の損害賠償として4,317,180ユーロ(約5.1億円)の支払を命じる判決を下した。

一方、権利者の逸失利益も侵害者が得た収益も証明が難しい場合には、原告は一括の損害賠償額を請求する。

(判例3)商標権侵害:Louis Vuitton Malletier / eBay International AG, eBay Inc.

自社の登録商標やそれに類似する語をキーワードとして検索サイトにかけると、eBay社のサイトへのリンクがスポンサーリンクとして必ず表示されることを発見したLouis Vuitton社は2006年12月、eBay社に対して1,200,000ユーロの損害賠償を請求する商標権侵害訴訟を提起した。パリ大審裁判所は2010年2月11日、eBay社による検索サイト上でのLouis Vuittonの語の一部またはそれに類似するスペルの語の登録はLouis Vuitton社の商標権を侵害すると認め、商標権侵害の一括の損害賠償として200,000ユーロの支払いを命じる判決を下した。

(判例4)著作権侵害:SARL L.C.H. / L’Oréal Produits de Luxe

L.C.H.社は、同社が製造、販売するバックの偽造品を、L’Oréal社がMarionnaudの店舗でLancômeブランドの香水を買った顧客に無料で配布していたとして、2007年1月9日、L’Oréal社を著作権侵害で訴え、250,000ユーロの損害賠償を請求した。パリ控訴院は、L’Oréal社が無料で配布していたバックがL.C.H.社の著作権を侵害すると認めた上で、訴訟に先立って行われた被疑知財侵害物品差し押さえ手続きでは、フランス中のMarionnaud店舗で配布されたバックの全個数が判定できないとして、L.C.H.社により販売されていたバックの単価が60ユーロであったことに鑑み、一括の損害賠償として80,000ユーロの支払いをL’Oréal社に対して命じた。

さらに権利者は、侵害品により商標のイメージが低下した、特許で守られている技術が大衆化した、意匠で守られているデザインが通俗化したというような事実を証明すれば、一定の額を精神的損害として請求することができ、これは上記の主要な損害賠償額に加算される。

精神的損害の証明は、商標や意匠の侵害では証明しやすく、特に有名なブランドやデザインを使った商品の廉価な完全模倣品が出回るような場合には、ブランドのイメージ低下やデザインの通俗化に基づく損害賠償請求がほとんどの場合で裁判所により認められ、数万ユーロの支払いが命じられる。一方、精神的損害の賠償は特許権侵害のケースでは証明が難しい。

 

 

(日経BP知財Awaness (日経BP社) - "フランス知財戦略" 2011年7月号掲載記事)