フランス不動産法の判例

商事賃貸借契約における家主の引渡義務と法令等の基準に合った設備工事の費用負担

(ルーアン控訴院, 2013年3月21日判決, Keles c/ Chapus)

管理費の負担義務と同様、商事賃貸借契約では住宅賃貸借契約のような家主と借主それぞれが負担する工事義務は法律で規定されていない。契約書で各種工事費の負担を自由に規定することが可能であり、本来家主が負担すべき大工事や物件の老朽化が理由で必要となる工事の負担を借主に負わせている契約書も少なくない。

安全、衛生や障害者の円滑利用等の法令が定めた基準に合うための設備を物件に施す工事について、商事賃貸借契約中に特別の条項がない場合には、家主に借主が契約で認められた商業活動を行うことができる物件を引き渡すことを義務づけているフランス民法1719条の規定に従って、工事費用の負担は家主が負う。

一方この種の工事を借主に負担させるために商事賃貸借契約中に特別の条項を規定する場合には、その条項は(i) 借主の負担となる工事の種類を限定的に列挙したもの(例えば衛生と安全に関する法令が定めた基準に合うための設備を物件に施す工事は借主の負担であるなど)、或いは(ii) 行政当局が義務づける工事は全て借主の負担となると明確に規定したものでなければならない。
フランス裁判所の判例では、包括的または曖昧な条項、例えば「借主は商業活動を営むにあたり行政当局が定める法令や規則を遵守する義務を負う」(破棄院第3院、2003年3月19日, n° 01-17187)、「借主は原状のまま本物件に入居し、屋根や壁の工事以外の全ての工事を行わなければならない」(破棄院第3院、2012年3月27日, n° 00-22561)、「借主は衛生に関する法令規則全てを遵守し、そのために必要となる工事を自ら行う義務を負う」(パリ控訴院、2013年10月30日)のような条項はこの条件を満たさず、設備工事費用は家主の負担となると解されている。 

家主がこうした工事の施行義務を負っている場合に義務を怠り、そのために借主が損害を受けた場合、例えば衛生法で設置が義務づけられている設備が施されていなかったため借主が行政当局から営業停止処分を受けたような場合には、家主は借主が受けた損害を賠償する義務がある。

本件は、2009年10月から商業物件を2つKeles夫妻から借りていた獣医のChapus氏が、そのうち1つを第三者に転貸しようとしたところ、店舗を開くために必要な障害者の円滑利用に関する法令に適った設備(車椅子が店舗に入れるよう階段をなくす工事等)が施されていなかったために予定されていた転貸ができず、Keles夫妻に対して賃貸借契約の解除とそれまで支払った家賃の返還、及び入居後施した修理工事費用の返還を求めた事件である。家主はChapus氏が2011年1月から滞納していた家賃の支払を反訴請求し、また当該物件の建築業者であるSolibat社を訴訟に強制介入させた。

契約書には「借主は自ら責任を持って物件内で事業活動を営む上でで必要となる法令、規則、行政その他の規定で課された許可を得なければならない」という条項が定められていたが、2013年の判決でルーアン控訴院は、この契約の条項は障害者の円滑利用に関する法令に適った設備を施す義務を借主に課すものではないとして、家主の過失による賃貸借契約の解除を命じ、家主に対しChapus氏に2010年度1年分の家賃と同氏が入居後施した修理工事費用合わせて57.991ユーロの支払を命じ、建築業者Solibat社に対して家主の債務を保証し、かつChapus氏が2011年1月から滞納していた家賃を借主に代わって支払うよう命じた。

2014年6月18日のPINEL法では、商事賃貸借契約中に法令等の基準に合った設備工事で民法606条で規定される大工事に該当するものを借主の負担とする条項を設けることが禁止されている (PINEL法の施行に関する2014年11月3日の政令、商法R 145-35条) 。