第6回:フランスとヨーロッパにおけるバイオ特許

欧州委員会が毎年発表している世界企業の研究開発投資額のランキング(EU Industrial R&D Investment Scoreboard)によれば、現在バイオテクノロジーは全産業の中で最も研究開発強度の高い産業分野である。

バイオ企業、特に1つのバイオ関連発明で立ち上げられた新興のベンチャー企業がその研究開発投資の成果として経済的に発展していくことができるためには、バイオ関連発明を知的財産として法的に保護することが不可欠であるが、ヨーロッパでは、欧州特許庁(EPO)、内国特許庁共に、バイオ関連発明に対する特許出願に対し厳格な倫理審査基準を設けているため登録が難しいことが問題となっている。フランスの国立科学研究センター(CNRS)や国立衛生医学研究所(INSERM)などもバイオ関連の発明の基本特許の出願はフランス産業財産権庁(INPI)やEPOではなくアメリカのUSPTOで行う傾向にあり、近年のヒトES細胞特許や動物特許に関する欧州司法裁判所の保守的な査定も受け、多くの研究者がバイオ産業での開発投資意欲を損ない、アメリカに遅れを取るのではと懸念している。

● フランスとヨーロッパにおけるバイオ特許の法的枠組

ヨーロッパでバイオテクノロジーの法的保護に関する基本的枠組みとなっているのは、1998年7月6日の指令98/44/CE(“バイオ指令”)である。

同指令は欧州議会とEC理事会で採択されて後、EPOにより欧州特許条約(EPC)に組み込まれ(EPC施行規則第26)、同時にEU各加盟国で国内法整備の作業が行われたが、フランスでは、カトリックが主流のヨーロッパの他の国と同様、倫理的観点からバイオ指令、特に人体構成要素の特許を認める第5条の受け入れが非常に難しく、国家倫理諮問委員会(CCNE)やコンセイユデタ、国民議会委員会といった国家の諮問機関もそろって生物特許の問題を指摘する厚い報告書を提出し、バイオ指令の国内法化に抵抗した。

採択から6年後の2004年にようやくバイオ指令の8月6日の生命倫理法(第2004-800)と12月8日のバイオテクノロジー発明の保護に関する法律(第2004-1338)によってフランスで国内法化され、知的財産権法の関連規定が改正されたが、フランス法の条文はこうした保守的な立場を受けて、バイオ指令の主旨とはやや異なったものとなっている。EPOとINPIでそれぞれ適用される、人体構成要素に関する発明の特許認可基準に関する規定は以下の通りである。

ヨーロッパ

フランス

バイオ指令第5条(EPC施行規則第29)

 

1. 人体は、その形成と発達のいかなる段階においても特許の対象となる発明を成さない。遺伝子配列の一部ないし全部のような人体の構成要素の一つの単なる発見も同様である。

 

2. 人体から分離された、または技術的に作り出された人体の構成要素は、遺伝子配列の一部ないし全部を含めて特許の対象となる発明を成す。たとえこの要素の構成が自然界に存在する要素と同一の場合でも同様である。

 

3. ある遺伝子配列の一部ないし全部の技術的な応用は特許出願書類の中で具体的に記載されなければならない。

 

バイオ指令第6条(EPC施行規則第28)

 

1. その商業的使用が公序良俗に反する発明は特許対象から外される。ただし単に使用が法律や規則で禁じられてることは公序良俗に反することとはならない。

 

2. 特に特許の対象となりえないのは以下のものである:

a) 人間クローンを作る方法

b) 人間の遺伝的特性を変更する方法

c) ヒト胚の産業的・商業的目的での使用

d) 人間や動物への顕著な医学的な有益性なく、動物に苦痛を与える動物の遺伝的同一性の変更方法、及びそうした方法から生まれた動物

知的財産権法第L611-17条

 

その商業的使用が公序良俗に反する発明は特許対象から外される。ただし単に使用が法律や規則で禁じられてることは公序良俗に反することとはならない。

 

知的財産権法第L611-18条

 

人体は、その形成と発達のいかなる段階においても特許の対象となる発明を成さない。遺伝子配列の一部ないし全部のような人体の構成要素の一つの単なる発見も同様である。

 

人体の構成要素の機能の技術的な応用である発明のみが特許により保護されうる。

人体の構成要素に関する特許はこの特定の技術的な応用の実施と使用に必要な範囲でのみ保護される。この技術的な応用は特許出願書類の中で具体的に記載されなければならない。

 

特に特許の対象となりえないのは以下のものである:

a) 人間クローンを作る方法

b) 人間の遺伝的特性を変更する方法

c) ヒト胚の産業的・商業的目的での使用

d) 遺伝子配列の一部ないし全部それ自体

 

 

このように、EPOでは人体の構成要素に関する発明を特許として出願する場合、その要素がたとえ自然界に存在する要素と同じ構成のものである場合でも、人体から分離され、または技術的に作り出されたものであれば、特許の対象となる発明として認められるのに対し、フランスのINPIでは、人体の構成要素は人体から分離され、あるいは技術的に作り出されたものであっても、それ自体としては特許の対象となる発明として認められず、その機能の技術的な応用に関する発明でなくてはならない。EPOでは遺伝子配列に関する発明の場合のみ、出願の明細書でその技術的な応用が具体的に記載されていなければならないが、フランスのINPIでは人体の構成要素に関する発明を特許として出願する場合にはその機能の技術的な応用が明細書で具体的に記載されている必要がある。

● フランスとヨーロッパにおける遺伝子特許の保護範囲の違い

上に述べたようにEPO、INPIともに人体の構成要素のうち遺伝子配列は明細書で具体的に記述された技術的な応用のみを特許の保護の対象としているが、そうして得られた遺伝子配列の技術的な応用の特許による保護範囲は、ヨーロッパとフランスで異なっている。

ヨーロッパ

フランス

バイオ指令第9条

 

遺伝子情報を含む、または遺伝子情報を成す製品に対し付与された特許による保護は、第5条1項に該当する場合を除き、その製品を組み込み、遺伝子情報が含まれその機能を果たしている全ての物質に及ぶ。

 

知的財産権法第L613-2-1条

 

遺伝子配列に関するクレームの範囲は、明細書で具体的に記載された特定の機能に直接関係する遺伝子配列の部分に限定される。

遺伝子配列を含んだ特許権の効力は、同じ遺伝子配列を含む後のクレームがそれ自体L611-18条の要件を満たし、この遺伝子配列の別の特定の応用を記述している場合には及ばない。

 

2010年7月6日のMonsanto Technology v. Cefetra BV事件(C-428/08)に関する判決で欧州司法裁判所はMonsanto社の特許の対象となっている遺伝子配列の遺伝子情報はそれを含んだ大豆製品の中で機能を果たしていなかったとして欧州特許の侵害の訴えを退けたが、フランスではこのような場合、被疑侵害品の中で特許の対象となっている遺伝子配列の遺伝子情報が機能を果たしているだけではなく、さらにその果たされている機能が明細書で具体的に記載された特定の機能と同一であることが特許侵害があるか否かを判定する上で審査される。フランスでは、同一の遺伝子配列でも、明細書で具体的に異なる特定の機能(応用)を記載していれば特許侵害とはならず、特許権の保護範囲は明細書の記載により厳密に限定される。

● フランスとヨーロッパにおけるES細胞に関連する技術の特許

分裂を始めたばかりの人間の受精卵(胚盤胞)から内部の細胞を取り出し培養することで得られる多能性幹細胞(ヒトES細胞)に関する技術が特許の対象となりうるか否かについては、将来の再生医療に対する投資の経済的発展の見地から大きな議論があったが、2011年10月18日のOlivier Brüstle v. Greenpeace事件(C-34/10)に関する欧州判決で司法裁判所がヒトES細胞を含めた受精後の人間の卵子は全てバイオ指令6条で特許が禁止されている「ヒト胚」に相当し、ヒトES細胞の科学的研究を目的とした使用もヒト胚の産業的・商業的目的での使用に該当すると判示したため、現在ヨーロッパ内では人間の受精卵から内部細胞を分離する方法や培養する方法、ES細胞を分化させる方法などに関する発明は一切特許を取ることができない。

EPOでもウィンスコンシン大学卒業生研究財団(WARF)が1995年に出願した、霊長類からES細胞組織を取得する方法に関する特許について、その過程で対象となった霊長類の胚を破壊するためバイオ指令6条の規定に反するという理由で2004年7月13日拒絶査定が下されており、WARF による控訴を受けたEPOの拡大部も2008年11月25日の判決(G2/06)でこのことを確認している。

● フランスとヨーロッパにおける遺伝子組み換え作物・動物に関する特許

まず動植物の品種の特許適格性の除外に関しては、バイオ指令とフランス法は類似した規定を設けている:

バイオ指令第4条(EPC第53条)

 

1. 以下のものは特許の対象となりえない:

a) 植物や動物の品種

b) 植物や動物を生産するための本質的に生物学的な方法

 

2. 植物または動物に関する発明は、その発明が技術的に特定の植物または動物の品種に限らず実現できるものである場合には、特許の対象となる。

 

3. 1項b)の規定にも関わらず、微生物学的な方法を目的とする発明やその他の技術的な方法、或いはそうした方法から得られた製品は特許の対象となる。

 

 

 

 

知的財産権法第L611-19条

 

I -以下のものは特許の対象となりえない:

1. 動物の品種

2. 共同体規則2100/94第5条で定義されている植物の品種

3. 植物や動物を生産するための本質的に生物学的な方法(例えば交配や選種のように自然的現象のみを使用した方法)

4. 人間や動物への顕著な医学的な有益性なく、動物に苦痛を与える動物の遺伝的同一性の変更方法、及びそうした方法から生まれた動物

 

II- 1項の規定にも関わらず、植物または動物に関する発明は、その発明が技術的に特定の植物または動物の品種に限らず実現できるものである場合には、特許の対象となる。

 

III - 1項3の規定にも関わらず、微生物学的な方法を目的とする発明やその他の技術的な方法、或いはそうした方法から得られた製品は特許の対象となる。微生物学的な方法とは微生物学的な物質を使用ないし生産する方法、またはそうした物質に関する発明を含んだ方法を意味する。

特許の対象とはなり得ない「植物や動物を生産するための本質的に生物学的な方法」が何を意味するかについては、EPOの拡大部がトマトとブロッコリーの栽培方法に関する判決(G2/07、G1/08)で、特定の交配種を選種するための分子マーカーの使用は全体のプロセスに技術的性格を与えるには不十分で、EPC第53条にいう「微生物学的な方法」には当たらず、特許の対象から外される「本質的に生物学的な方法」であると判示している。

遺伝子組み換え作物・動物については基本的に植物や動物の品種とは見なされず、EPO、INPIともに原則的に特許による保護が可能であるとされているが、遺伝子組み換え動物についてはEPC施行規則第28d)、知的財産権法第L611-19条I、4の規定により、人間や動物に対する顕著な医学的な有益性がなく、動物に苦痛を与える質の動物の遺伝的同一性の変更方法は特許が認められない。ハーバード大学が80年代から開発している、癌遺伝子を活性化させる遺伝子を植えつけられたマウス(Oncomouse)に関する特許については、EPOで1989年に拒絶査定が下された後、1990年に控訴部でその医学的な有益性を理由に拒絶査定が取り消され、1992年5月に特許が付与された。
フランスのINPIでは、血栓症の治療の研究に役立つ遺伝子組み換えマウスに関する特許が1991年9月に登録されている。

 

(日経BP知財Awaness (日経BP社) - "フランス知財戦略" 2012年3月号掲載記事)