第7回-フランス大統領選と違法ダウンロード規制-HADOPIの終焉

フランスではここ一番の話題であった大統領選挙が終わり、ミッテラン以来17年ぶりに左翼の社会党が政権に就くこととなった。この政権交代により2009年より導入されている「スリーストライク制」の違法ダウンロード取り締まり法、HADOPIが廃止され、それに代わる新しい制度が制定されることが確実となった。

HADOPI (Haute autorité pour la diffusion des œuvres et la protection des droits sur Internet) とは、2009年の2つの法律 (通称“HADOPI法”(Loi favorisant la diffusion et la protection de la création sur internet (Hadopi 1、2009年6月12日)とLoi relative à la protection pénale de la propriété littéraire et artistique sur internet (Hadopi 2、2009年10月28日)) と2009年12月31日の政令でフランスに新しく設立された、P2Pネットワーク 上の違法ダウンロード取り締まり機関である。法人格を持つ独立行政法人で、破棄院 、コンセイユ・デタ(国務院) 、会計院の代表9名から成る諮問委員会と、3名の職業判事から成る権利保護委員会 (CPD, Commission de Protection des Droits) で構成される。
このHADOPI監督のもとで施行されている、フランスの現行の違法ダウンロード取り締まり制度を段階ごとに説明すると、以下のようなものである。


「スリーストライク制」による違法ダウンロード取り締まり制度とその現状

①TMGによる違法ダウンロード・ユーザーのIPアドレス収集

著作権・著作隣接権管理団体(SACEM, SACD, SEAM, ADAGP, SPEDIDAM, ADAMI, SPPF, SCPP)や国立映画センター(CNC)、オンライン海賊行為防止協会(ALPA)、そして著作者の労働組合(SNAC)などから選ばれたTMG (Trident Media Guard)社が、P2Pネットワークを監視し、著作権・著作隣接権で保護されている音楽や映画等のファイルを違法にダウンロードするユーザーのIPアドレスとそのインターネット・プロバイダー(ISP)の名前を収集する。

②違法ダウンロード・ユーザーのIPアドレスのHADOPIへの送付

TMGが収集した違法ダウンロード・ユーザーのIPアドレスとそのインターネット・プロバイダー名はTMGから著作権管理機関の1つであるSCPP (レコード製作者協会) に、SCPPからHADOPIに送られる。

③インターネット・プロバイダーによるIPアドレスの所有者の身元特定

HADOPIは受け取ったIPアドレスに対応するインターネット・ユーザーの身元を特定するよう、関係するインターネット・プロバイダーに命じる。インターネット・プロバイダーはHADOPIの命令から1週間以内にIPアドレスの所有者の身元情報を、そして2週間以内に関係する書類をHADOPIに送達しなければならない。

④第1段階の措置:インターネット・プロバイダーによるHADOPIの警告メールの送付

関係インターネット・プロバイダーからIPアドレスの所有者の身元情報と関連書類を受け取ったHADOPIは、違法ダウンロードの事実を審理・確認した後、関係インターネット・プロバイダーに対し、当該ユーザーへHADOPIの警告メールを送付するよう命じる。HADOPIの命令を受けたインターネット・プロバイダーは、24時間以内に当該ユーザーに対し警告メールを送らなければならない。
HADOPIのロゴがついたこの警告メールでは、確認された違法ダウンロードの期日とIPアドレス、特定された身分情報、著作権保護の必要性と関連する著作権法の規定、そして違法ダウンロードを停止するためにインターネット・アクセスのセキュリティを保護する措置を取らなければ刑罰が課されることが記載される。

⑤第2段階の措置:CPDによる警告状の送付

このHADOPIの警告メールから6カ月以内に、当該ユーザーが違法ファイルのダウンロードを再度行ったことが確認される場合には、HADOPIの権利保護委員会 (CPD)が、1度目の警告メールと同じ内容の警告状を、メールと書留郵便で当該ユーザーに送付する。

⑥第3段階の措置:CPDによる違法ダウンロード・ユーザーの召喚と告訴

HADOPIのCPDの警告状から12カ月以内に、当該ユーザーが違法ファイルのダウンロードを再度行ったことが確認される場合には、HADOPIのCPDはそのユーザーに呼出状を送り、面接を行う。当該ユーザーが呼び出しに応じない場合、または面接で違反の事情が正当化されない場合には、HADOPIのCPDは会議を開いて審理をした後、検察官に告訴を行う。

⑦裁判所による違法ダウンロード・ユーザーに対する刑事罰の宣告

検察官は案件を審理し、犯罪事実が十分証明されると判断すると、被告人を刑事裁判所に起訴し、裁判所が刑事罰を宣告する。


フランスのHADOPI法は、違法ダウンロードを行うユーザーのインターネット接続切断を行うことを可能にした法律としばしば紹介されているが、HADOPI自体にはインターネット接続切断を行う権限はない。2009年6月のHADOPI 1法はこうした措置を認めていたが、権力分立の原則に違反するとして憲法院により違憲とされたからである。HADOPIは2度の警告にもかかわらず違法ダウンロードを繰り返すと見られるユーザーについて、初めの警告から1年半の期間が経った後、その処罰を司法権に委ねることができる。

2010年1月施行から今日に至るまで、HADOPIにより司法権に送られたユーザーの制裁を命じる判決は裁判所から一度も出されておらず (第1段階の措置である警告メールの送付は2010年10月に、第3段階の措置であるCPDによる違法ダウンロード・ユーザー告訴は2012年2月にはじめて行われた) 、2012年5月現在、296の案件が検察官によりまだ審理されている途中である。


現行のHADOPI法で違法ダウンロード・ユーザーに科される刑事罰とその問題

2度警告を受けたインターネット・ユーザーがHADOPIにより告訴される場合、その告訴の根拠となる犯罪事実は以下の2つどちらかである。

1) インターネット上の著作権・著作隣接権侵害の罪
2) インターネット・アクセスのセキュリティ対策を怠ったことの「明白な過失」の罪

HADOPI がインターネット・ユーザーをインターネット上の著作権・著作隣接権侵害の罪で告訴するのは、警告状を送られたユーザーが違法ダウンロードの犯人である証拠が揃っている場合である。インターネット上の著作権・著作隣接権侵害の罪が成立する場合、科される刑罰は、最高懲役3年、罰金300 000ユーロ(約3200万円)であり、これに補充刑として、最高1年の期間でインターネット接続切断が命じられる(知財法L 335-2, L 335-3, L 335-4, L 335-7条)。

これに対して、警告状を送られたユーザーが違法ダウンロードの犯人であることが証明されていない場合には、HADOPI はそのユーザーを「明白な過失」(négligence caractérisée)で告訴する。「明白な過失」罪が成立する場合、科される刑罰は最高罰金1500ユーロ(約15万6000円)と最高1ヶ月のインターネット接続切断である(知財法R 335-5条)。

HADOPI法の特徴の1つは、従来から適用されていた著作権・著作隣接権侵害の罪に加えて、この新しい「明らかな過失」という罪を刑法典に取り入れ、違法ダウンロードが繰り返し行われたIPアドレスの所有者を、実際に違法ダウンロードを行った犯人でなくとも、罰金刑とインターネット接続切断で罰することができる制度を導入したことにある。

実際上、TMGが収集するIPアドレスで特定されるユーザーが、違法ダウンロードの犯人と一致しないケースは数多い。IPアドレスで特定されるのはインターネット接続契約の名義人であるため、家庭で子供や親戚、会社で社員がP2Pネットワーク上で違法ダウンロードを行ったような場合には、家庭では親、会社では会社に対して送られる。家庭では親が注意して子供の行動を監視することができるが、会社では会社が個々の社員の行動を監視することは難しく、また何よりも一般に、フランスで大規模の違法ダウンロードを行うようなハッカーは、自分のIPアドレスではなく盗んだ他人のIPアドレスを使って違法ダウンロードを行うユーザーであるという問題がある。

違法ダウンロードの犯人を特定することへのこうした技術上の難しさから、HADOPI法は、たとえ実際に違法行為を行った本人でなくても、インターネット・アクセスのセキュリティ対策を怠り、著作権・著作隣接権侵害を行う手段を違反ユーザーに与えたユーザーは処罰されなければならないという理論を採用した。このことがHADOPIに対する大きな批判の1つとなっている。

1)の著作権・著作隣接権侵害の罪が成立する場合、2)の「明らかな過失」罪が成立する場合どちらも、受刑者であるユーザーはインターネット接続が切断される期間、契約料を支払い続けなければならず、他のプロバイダーとインターネット接続契約を結ぶことが禁止される。この禁止に違反して他のプロバイダーと契約を結んだ場合には、1)の著作権・著作隣接権侵害の罪が成立する場合は最高2年の懲役と300 000ユーロの罰金、2)の「明らかな過失」罪が成立する場合は最高3750ユーロ(約39万円)の罰金で処罰される(知財法L 335-7-1条、刑法434-41条)。

去年末から始まった大統領選挙の選挙活動の中で、野党立候補者9名全員がこうした「明らかな過失」罪の適用は不当で刑法の原則に反すると主張した。また、特に「スリーストライク制」による違法ダウンロード取り締まり制度は費用対効果の点で大きな問題があると指摘し、HADOPIの廃止とそれに代わる新しい制度の導入を提唱していた。

HADOPIによる「スリーストライク制」の低いコストパフォーマンス

2度の警告をおいて違法ダウンロードの被疑者を告訴するスリーストライク制 (réponse / riposte graduée, 「段階的応答措置」) の目的は本来、犯罪の意図のなく違法ダウンロードを行う者 (たとえば子供など) に対してまず著作権保護の大切さを呼びかけ、制裁よりも教育的措置を施そうということにあった。しかし、その施行のために莫大な費用がかかる一方、投資をカバーする経済的効果がまったく見られないことが専門家からも強く指摘されてきた。

HADOPIは文化・コミュニケーション省の直属機関であるが、同省の報告書によると、HADOPIの運営にあてがわれた予算は2010年度で530万ユーロ (約5億5400万円)、2011年度は1200万ユーロ(約12億5400万円)、2012年度は1100万ユーロ(約11億4900万円)である。

この政府の支出に加えて、インターネット・プロバイダー側では、HADOPIから送られたIPアドレスに対応するインターネット・ユーザーの身元を特定し(日に平均11500件)、身元情報や関連書類をHADOPIに送付し、HADOPIから命じられた警告メールを当該ユーザーに送るための手続きに多大の費用がかかる。その額は、年間250万ユーロ(約2億6100万円)とされている。この費用はインターネット・プロバイダーが負担しなければならず、政府の援助はまったく与えられていない。

2012年3月大統領選挙戦が本格化し、HADOPIへの批判が強まる中で、HADOPIは過去18か月の活動報告書(http://www.hadopi.fr/sites/default/files/page/pdf/note17.pdf )を提出し、その中で、第1段階の警告を受けたユーザーの95%、第2段階の警告を受けたユーザーの92%、第3段階の召喚を受けたユーザーの98%が違法ダウンロードを停止したこと、2010年から2011年にかけてフランスのP2Pネットワークのユーザー数は29%減少し、P2Pネットワーク上の違法音楽ファイルは43%、違法映画ファイルは66%も減少したと発表した。そして、これらのデータをもとに、HADOPIによる「スリーストライク制」のおかげで合法ダウンロードサイトのユーザー数が増え、音楽・映画産業に利益をもたらしたと主張した。
しかしHADOPIのこうした議論には右派のメディアも含めて、数多くの批判が寄せられた。

HADOPIが公式に発表している、2010年10月から2012年2月までに第1段階の警告メールを受けたユーザー数は822 000名、第2段階の警告状を受け取ったユーザー数は69 000名、第3段階で検察官に告訴されたユーザー数は165名であるが、実際TMGが監視することができるユーザーの数は限られている。第1回目の警告後6か月以内に違反ダウンロードを繰り返したユーザーが69 000名しか摘発されなかったといって、残りの753 000名が実際に違法ダウンロードを停止したと結論付けることはできない。さらに、HADOPI の報告書はuTorrent、Bittorrent、eMule、 Limewireという4つのネットワークのユーザーのみに関するものである。批判者は、フランスには多くのP2Pネットワークがあり、HADOPIの施行以来TMGに監視されている4つのP2Pネットワークから他のP2Pネットワークにユーザーが移行したこと、2012年2月のアメリカFBIによるMEGAUPLOAD(メガアップロード)の閉鎖だけでかなりの数の違法音楽・映画ファイルが減少したがこれはHADOPIの活動とは関係ないこと、そしてフランスではHADOPIがはじめて警告メールを送るよりも前に違法ダウンロードの技術がP2Pネットワークからストリーミングファイルに移行しており、HADOPIの活動のためにP2Pネットワークユーザーが減少したとはいえないことを指摘した。

このように違法ダウンロードの数が大して減少していない一方、合法ダウンロードサイトのユーザー数も顕著な増加は見られず、この2年間の3330万ユーロ(34億1960万円)の投資に見合う経済的効果はないというのが、野党によるHADOPI批判の一番の根拠とされた。


サルコジ前 大統領のHADOPI3案と欧州司法裁判所による否定

こうした野党の批判に対してサルコジ前大統領は、選挙戦の中、フランス各地で、HADOPIによる違法ダウンロード取り締まりの大きな成果を誇示し、HADOPIをP2Pネットワークからさらにストリーミングと直接ダウンロード(DDL)に拡大する“HADOPI3”法の制定を提案して、演説を行っていた。

しかし、P2Pネットワークと違い、ストリーミングとDDLで違法ダウンロードを行うユーザーのIPアドレスを収集するためには、インターネット・プロバイダーがそのためのフィルタリング・システムを導入し、インターネット・ユーザーのファイルを違法ファイルの区別なく常に監視することが不可欠となる。このような技術はインターネット・ユーザーのプライバシーの権利に反する一方、違法ユーザーはフィルタリング・システムを乗り越える技術をすぐに開発するため、実施が難しい案だと批判されていた。

サルコジ前大統領のHADOPI3案は、欧州司法裁判所(CJUE)が2011年11月と2012年2月、ベルギーの著作権管理団体SABAMに関する2つの案件(欧州司法裁判所、Scarlet Extended SA c/ SABAM C-70/10(2011年11月24日)及びNetlog c/ SABAM C-360/10(2012年2月16日))で、違法ファイルを摘発するためのフィルタリング・システムの導入をインターネット・プロバイダーやソーシャル・ネットワーキングサイトに義務付ける措置は、基本的人権保護に関するEU法に違反すると判示したことから、実際上骨抜きとなっていた。


オランド新大統領の掲げる新しい違法ダウンロード取り締まり制度

5月6日の選挙で勝利した社会党のフランソワ・オランド大統領は、選挙活動が開始した直後から費用対効果が低いスリーストライク制による違法ダウンロード取り締まり制度の廃止を提唱していたが、同氏が公約として具体化してきた“Acte II de l’exception culturelle française”(「フランスの文化的例外第2幕」)と名づけられた政策は、今年7月3日から実施に向けて専門家の委員会を設置することが予定されている。

この“Acte II de l’exception culturelle française” ”(「フランスの文化的例外第2幕」)政策では、オンライン著作物の伝達から収益を得ている法人、たとえばインターネット・プロバイダーやコンピューターのソフトウェア、ハードウェアの販売業者、収益の100%がオンライン収入であるAmazonやGoogleなどの会社に対して新しく課税をし、各インターネット・ユーザー個人から5ユーロ以下でインターネット接続契約の契約料に加えて負担させることで、音楽や映像著作物の著作者や著作隣接権者に支払われるべきロイヤリティーを確保することが提案されている。

日本でもフランスのHADOPIに倣ったスリーストライク制の導入がダウンロードの刑事罰化のための著作権法改正にあたって検討されたようであるが、フランスで実施されたHADOPI法の問題と、新政府が検討している著作者や著作隣接権者の収入を確保するための代替措置の制度は、今後の日本の法制度を考える上で比較検討の良い材料となるのではないだろうか。

 

(日経BP知財Awaness (日経BP社) - "フランス知財戦略" 2012年5月号掲載記事)