フランスとモナコにおける「合意による雇用契約終了」手続
2008年にフランスの労働法に導入された、合意による雇用契約終了手続 (« rupture conventionnelle » ) は、正社員を会社の意向で辞めさせるまたは社員の希望で辞める際に、解雇や辞職という一方的な手続ではなく、雇用者と社員が雇用契約の終了条件に話し合い、合意書に署名する手続である (フランス労働法L 1237-11条以下)。
本手続では、辞職と違い、社員は退職に際して雇用者から雇用契約補償金の支払いを受けることができ、また退職後も雇用保険機構から失業手当の給付を受けることができる。
合意による雇用契約終了手続はまた、正社員の解雇にあたり雇用者が遵守しなければならない様々な手続や義務を果たす必要がなく、また訴訟リスクが低いため雇用者にとってのメリットも大きい。
このように合意による雇用契約終了手続は当事者双方にとってメリットが大きいことから、同手続による雇用契約終了の数は年々増加し、2022年以降フランスでは毎年500 000以上の正社員が雇用契約終了手続で退職している(2024年第一四半期にはすでに132 500の雇用契約終了合意書が労働基準監督署に送られた)。
Source : dares.travail-emploi.gouv.fr
適用範囲
雇用契約終了手続で社員を辞めさせることができるのは、正規雇用契約のある社員(民間企業、行政機関)だけである。有期雇用契約の社員(日本でいう契約社員)やパート職員、派遣社員には適用されない。
手続の流れ
雇用契約終了手続の提案・依頼は、社員側、雇用者側どちらからでもありうるが、特定の形式に沿って提案・依頼を行う義務はない。口頭やメールでの提案・依頼も有効で、逆に書留郵便等の厳格な形式を取ったとしても、提案・依頼を受けた側はそれに返答する義務はない。
雇用契約終了手続の提案・依頼が相手方に受諾された後、雇用者と社員は双方の合意で面談の日時を決め、面談時に社員の雇用契約の終了条件、特に雇用契約の終了日と雇用者が社員に支払う補償金の額について話し合う。雇用契約の終了日を決める際には、下述する労働基準監督局の2週間の認可期間を見越して決めることが必要である。
1度の面談で雇用者と社員がすべての条件について合意する場合には、その面談で合意書に当事者が署名することができるが、合意に至らない場合には2度、3度の面談を行い、交渉後、合意に至った後で合意書に当事者が署名することになる。
合意書の作成はフランス労働省が管轄する « TéléRC » (RC = Rupture Conventionnelleの略)のホームページでフォームに記入することで行われる。例外的にインターネットのアクセスが難しい場合には紙面のフォーム(cerfa 14598)に雇用契約終了条件を記入する。
当事者が合意書に署名したのち、雇用者は合意書一部を社員に手渡しする義務がある。
合意書の署名日翌日から15日の間、雇用者または社員は、合意を撤回する権利がある。
この撤回期間が経過したのち、雇用者または社員どちらかが合意書の1部を管轄の労働基準監督署 (DREETS = Direction régionale de l’économie, de l’emploi, du travail et des solidarités)に、« TéléRC »サイトから送付する。
管轄の労働基準監督局は合意書を受領してから15日間、合意書の内容を確認し、内容に問題がある場合には否認することができる。
同期間中に労働基準監督署が否認の決定を当事者に通知しない場合、または認可の通知を行う場合には、合意書は認可されたものとして発効する。
社員の雇用契約は合意書に記載された終了日に終了するが、この労働基準監督局の確認期間より前に終了させることはできない。
合意による雇用契約終了手続に関する訴訟
雇用契約終了合意書に対する異議申し立て(合意の瑕疵による無効・取消請求等)は、合意書が認可されてから12か月の時効にかかる(フランス労働法L 1237-14条)。この12か月の期間が経過後は、元雇用者、社員共に雇用契約終了合意書に対する異議申し立てをすることはできず、そのような訴訟を提起した場合には請求は不受理とされる(破棄院労働部2023年5月11日判決、上告番号21-18.117)。
例外として、当事者の一方が相手方を欺いて有利な条件を取り付けたような場合には、裁判所は12か月の時効の起算日を合意書が労働基準監督署に認可された日ではなく、一方当事者の詐欺を相手方当事者が発見した日に送らせて請求を受理することがある。
雇用契約終了合意書の無効・取消の原因が社員の詐欺行為である場合には、社員は辞職したものと見なされ、社員に対し、合意による雇用契約終了手続で支払われた補償金の雇用者に対する返還、失業手当の雇用保険機構への返金が裁判所により命じられる(破棄院労働部2024年6月19日判決、上告番号23-10.817)。
現政府の立場
2023年末、当時労働大臣だったOlivier Dussoptは、近年の合意による雇用契約終了手続の急増と、それによる失業率、失業保険債務の増加を受けて、雇用契約終了手続を労働法から削除することを検討していると一部の報道機関に伝えた。
この情報は2023年11月末から12月にかけて全国的に報道され、労働組合と労働法専門の法律家から強い批判を受けたため、2024年2月、新しく労働大臣となったCatherine Vautrinは、政府は合意による雇用契約終了手続の削除は検討していないと発表するに至った。
モナコにおける合意による雇用契約終了手続
合意による雇用終了手続が財政を悪化させるものとしてフランス政府により削除が検討されたのと同じ時期に、南仏の隣に位置するモナコ公国では、フランス法に倣った合意による雇用終了手続の導入が決定された。
モナコの特殊な解雇手続:「第6条による解雇」
モナコではフランスよりも雇用者に取って正社員の解雇がしやすい法律の制度があり、1963年3月16日に制定された「雇用契約に関する法」第729は、その第6条で以下のように規定している:
第6条
無期雇用契約はいつでも契約当事者一方の意思で、終了させることができる。雇用契約を終了させる当事者は予告期間を守らなければならない。
この規定により、モナコの雇用者は正社員を解雇の理由を正当化せずに解雇することが可能となっており、この解雇手続は「第6条による解雇」と一般に呼ばれている。
雇用者は正社員を第6条で解雇する際には、補償金を懲戒解雇の場合より多く支払わなければならない。
補償金の額は社員が実際に雇用者のもとで働いた日数 x解雇日の前に社員が受けていた給与額の月額/25で計算されるが、社員の勤務年数が何年であっても解雇補償金の額はトータルで6か月分の給与額を超えることができないと規定されている(1968年6月27日法に制定された法律第845、第2条)。
第6条で解雇された社員は解雇に異議を申し立てて元雇用者に対して訴訟を労働裁判所で提起することができるが、第6条が解雇理由を正当化しない解雇であることから、不当解雇訴訟ではなく、濫用的解雇として、請求が認められるのは以下の場合に限られる:
• 偽装解雇 (実際の解雇理由がリストラなど雇用者の経済的な理由であったことが証明される場合)
• 雇用者が支払った補償金の額が不十分な場合
• 社員の尊厳を害する形で解雇が行われた場合
モナコにおける合意による雇用契約終了手続の導入
この「第6条による解雇」は社員の権利を十分に保護しないものとして長年モナコの労働組合連盟により批判されているが、政府による改正の動きは全くない。
一方、フランス法でこの15年間実施されている合意による雇用契約終了手続を、「第6条による解雇」の代替措置として導入しようという動きが2022年末から進み、モナコの一院制議会である国民議会(Conseil National)は2023年11月28日に、1963年3月16日に制定された「雇用契約に関する法」第729を一部改正し合意による雇用契約終了手続を導入するための法律案を採択した。
2023年12月5日に国務相(首相に相当)に提出された本法律案は、2024年モナコ政府により書き直され、新しい法律案が2025年6月1日までに国務相から国民議会に提出されることが予定されている。