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香水の知的財産権による保護

フランスは、いうまでもなく香水産業の本場である。パリを歩いていると100mごとに香水の広告にぶつかり、駅前には必ず香水店が1つはあるといってよい。

フランスの近代香水産業の歴史は、1828年にピエール・フランソワ・パスカル・ゲランがナポレオン3世の皇后、ウジェニー(Eugénie)のために「オーデコロン・アンペリアル」を作ったことにさかのぼる。20世紀はじめまでは、フランス南東部のグラースに拠を置く生粋の香水会社(Roger Galletなど)のみが、天然の香料を使って香水を作っていた。その後、1921年にシャネルが人工香料アルデヒドを使った5番(No 5)を発売して大ヒットすると、イヴ・サンローランやクリスチャン・ディオール、ニナ・リッチ、ジャン・ポール・ゴルチエといったオートクチュールのファッションデザイナーが自社ブランドの香水を販売するようになり、やがてそうしたデザイナー・ブランドの人工香料を用いた香水が主流を占めるようになる。

今日フランスでは、ロレアル(ランコム、イヴ・サンローラン、ラルフローレンなどの商標権者)やシャネル、LVMH(クリスチャン・ディオール、ジバンシイ、ゲラン、ケンゾー)といった大企業により、日に200.000個の香水が販売され、年収2200億円、全化粧品製品の売上高の65%が香水の販売によるものとなっている。

このように世界の香水市場を率いるフランス香水だが、有名な香水の偽造品も多く、シャルル・ド・ゴール空港の税関で差し止められている偽造香水の数は、毎年27万個以上に上る。こうした中で、著名な香水の偽造品を防ぎ、偽造者を処罰するために、香水を知的財産権でどのように保護するかは、数年にわたりフランスの裁判所で議論されてきた。しかし、香水の“香り”は知的財産権では保護されず、知的財産権で保護されるのは香水の名前とボトルだけであるというのが、フランス最高裁である破棄院の現在の立場である。

● 香水の香りの知的財産権保護に関するフランスの判例

商標による保護に関してフランスでは、音の商標と異なり、匂い商標(marque olfactive)は、それが図案的に表現することが不可能であり、またそれ自体で権利者の商品を他社の商品と識別する力も持たないという理由から、認められていない。欧州司法裁判所も2002年12月12日のSieckmann判決で、香水の配合組成の化学式による記述や香りのサンプルは、共同体商標登録の条件である図案的表現の用件を満たさないと判断し、以後この点に関する議論は終了したと考えられている。

また、特許による保護に関しては、その配合組成を特許として登録することは、それが新規の発明である場合には理論的には可能であるが、特許は公開されること、そしてその保護期間が20年と短いことから、香水を特許として登録する事実上のメリットはない(例えば、1921年に作られたシャネルの5番やゲランのシャリマーは、1941年よりパブリックドメインに入り、以後同一の配合組成の香水が合法に市場で出回っていることになる)。また、法的観点からも香水の調合は既存の香料の混合であり発明行為に当たらないこと、特許法では美的創作物を特許の保護から外していること(フランス知的所有権法L611-10条)などから、保護の手段として不適とされている。

したがって香水の香りを知的財産権で保護しうるのは著作権であるが、フランスで著作権が認められるのは、作者の思想や感情を表現した「精神的著作物」(œuvre de l’esprit)である。香水の香りが精神的著作物にあたるか否かは事実審である大審裁判所、控訴院と法律審である破棄院で大きく立場が異なってきた。

多くの事実審判決では、フランス著作権法は“創作の表現の形を問わず”精神的著作物を保護すると規定していること(フランス知的所有権法L112-1条)、著作権で保護されうる精神的著作物を列挙しているL112-2条の規定は限定的なものでないこと、そして何よりも専門の調香師による、数年にわたる新しい香水の創作とその美的効果の追求は真の芸術的表現であり、単なる産業的な研究の産物ではなく、その個性と想像力が表れた作品であるという理由から、著作権保護を受けると判示されている(パリ商事裁判所1999年9月24日、パリ大審裁判所2004年5月26日、パリ控訴院2007年2月14日、ボビニー大審裁判所2006年11月28日、リール大審裁判所2009年10月22日、ナンシー大審裁判所2009年4月6日)。つい最近では、ロレアル社のランコム「トレゾア」に関するパリ控訴院の2010年9月22日の判決、エクサンプロバンス控訴院の2010年12月10日判決(Lancome c. Argeville)で、香水の香りは精神的著作物に当たり、それが独創的である限りで著作権により保護される、という立場が確認され、多くの学説と専門家の支持を受けている。

これに対し破棄院は、2006年6月13日(Haarman et Reimer c. Mme X)、2008年7月1日(BPI c. Senteur Mazal)、2009年1月22日(Lancome c. Argeville) (上記エクサンプロバンス控訴院2010年12月10日判決のもととなった上告破棄移送判決) の3つの判決で、「香水の香りは単なるノウハウの応用であって、著作権により保護される精神的創作物には当たらない」という原則を繰り返し打ち出しており、現時点では香水の香りは著作権による保護を受けないというのがフランス最高裁の立場である。

「香水の製造は、作者の思想や感情を表現しない、単なる技術的な作業である」とするこの破棄院の立場に対しては、学説や実務家の間で批判が多い。しかし、破棄院の立場を支持する立場は、香水の香りに著作権を認めた場合に実際上起こりうる著作権譲渡の問題(前回のコラムで紹介したように、フランス法では法人は著作者たりえず、法人である会社が著作権の所有者となるためには著作権譲渡契約を結んで著作者から著作権を譲り受けなければならない)と、香水を創作した調香師に対する香水の売上高に応じたロイヤリティの支払いやその著作者人格権の問題などに鑑みて、正当化されると主張している。

ただし、この著作権譲渡の問題を理由とする主張は、香水は集団名義の著作物として著作権が会社に帰属するようにすればよいと学説や実務家により批判されており、将来的には、フランスの破棄院も立場を変えると考えられている。

ともかくも、現在の破棄院の立場では香水の香りが知的財産権による保護を受けないことから、同じ香りの偽造香水が出回った場合、真の香水の権利者が偽造香水の製造者や販売者に対して起こしうる訴訟は、不正競業訴訟となる。しかし、知的財産権侵害訴訟では、侵害行為が成立するだけで侵害行為の差し止めが当然命じられるのに対し、不正競業訴訟では、侵害者の過失(不正競業行為)及び受けた損害を証明する必要がある。そのため、常に売上高の高い著名な香水の香りを模倣する偽造香水が廉価で市場に出回る場合に、その差し止めを不正競業訴訟で得るのは知的財産権侵害訴訟よりずっと難しい。

また、不正競業の証拠としては、単に真の香水と偽造香水の配合組成が似ている、または同じという事実を提示するだけではなく、消費者が真の香水と偽造香水を混同すること(混同のおそれ)、さらに受けた損害を証明しなければならない。

この消費者の混同のおそれを証明するためには、真の香水、偽造香水、真の香水に近い配合組成の香水の3つを用いて消費者テストを行うが、多くの消費者が真の香水と偽造香水だけでなく、第3の香水とも混同する場合には、消費者の混同のおそれはないと判断される。上記ランコム「トレゾア」に関するエクサンプロバンス控訴院の2010年12月10日判決では、テストの対象となった66人の消費者のうち20人以上がランコム「トレゾア」とブルガリ「ファム」を混同したという事実に鑑みて、消費者が偽造香水とランコム「トレゾア」を混同するおそれは十分でないと判断され、訴えは却下された。

● 香水のボトルの知的財産権保護に関するフランスの判例

以上のように、現在香水が知的財産権で保護されるのは主にそのボトルである。香水のボトルはそれが独創的な精神的著作物の条件を満たす以上、創作の時点から著作権で保護されるが、意匠や立体商標として登録することでその保護を強め、権利の証明を容易にすることができる。

フランスにおいて、香水のボトルに関する判例でもっとも数が多く著名なのは、ボーテ・プレスティージ・インターナショナル(以下BPI)社が起こした、ジャン・ポール・ゴルチエの男性、女性の胴体を模した香水ボトル、「クラシック(Classic)」ル・マル(Le Mâle)」に関するものである。クラシックは1992年に、ル・マルは1995年に立体商標としてフランス産業財産庁で登録されている(一方日本ではクラシックは2011年4月21日の知財高裁判決で立体商標として認められた)。ル・マルは男性用香水でヨーロッパトップの売上高を誇る香水である。

人間の胴体を模した香水ボトルはゴルチエの前から存在する。例えば、女性の胴体の形をした香水ボトルは、1937年にエルザ・スキャパレッリ(Elsa Schiaparelli)が創作し、女優メイ・ウエストの体をモデルとしたことから話題となった「ショッキング(Shocking)」という名の香水がある。

また、ゴルチエの「ル・マル」に先立つ男性の胴体を模した香水には1994年から販売されているウォモ パルファム社のヒーローズ(Heros)」やPagnaccos社の「シリウス(Cyrius)」がある。

1) 女性の胴体のモチーフを「ありきたり」とするBPI社のエルザ・スキャパレッリ社に対する勝利(1992-1993年)

BPI社は、1992年にゴルチエの「クラシック」をヨーロッパで販売後、エルザ・スキャパレッリ社により商標権侵害でドイツとイタリアで訴えられた。「クラシック」のボトルは、大きさ、女性の胴体の腰のくびれの具合の点で、エルザ・スキャパレッリ社の「ショッキング」と一見してとても似ている。「クラシック」では、女性の胴体にガーターが薄くついていることだけの違いである。

しかし、BPI社は「女性の胴体をモチーフとした芸術作品は100年以上前から存在しているありふれたものであり、知的財産権による保護を受けるものではない」と主張して、両訴訟とも勝訴する(パドヴァ大審裁判所1993年8月14日、ハンブルク大審裁判所1993年11月11日)。

2) 男女の胴体を模した香水ボトルに関するBPI社の独占権の主張と裁判所によるその認容(1994年‐2008年)

以後15年間にわたり、BPI社はフランスで人間の胴体を模した香水ボトルが販売されるごとに、商標権侵害で訴訟を起こし、人間の胴体を模した香水ボトルについて独占権を主張するようになる。

フランスの裁判所によりBPI社のゴルチエ「クラシック」、「ル・マル」の商標権を侵害すると判断されたのはSenteur Mazal社によりオランダから合法的に輸入されていた、以下の香水のボトルである。                 

特に、ゴルチエ「ル・マル」の偽造品として訴えられた« Casuit for men »と« Inmate for men »については、それが筋肉のある男性の裸体の胴体を模した黒色または銀色のボトルで、スリムな水兵をモチーフとし、オートクチュールの趣きの色鮮やかなゴルチエ「ル・マル」とは観念的にも視覚的にも大きな隔たりがある。また、男性、女性の胴体を模した香水ボトルについて独占権を主張するBPI社の議論は、ゴルチエ「クラシック」がエルザ・スキャパレッリ社の「ショッキング」の模倣品として訴えられた際に「胴体のデザインはありきたりのものである」と主張したことと矛盾するとして批判され、いくつかの下級審はBPI社の商標権侵害の訴えを退ける判決を下した(ボビニー大審裁判所2006年5月23日、マルセイユ大審裁判所2010年3月15日)。しかし、パリ控訴院は2007年2月14日の判決でBPI社の請求を認め、Senteur Mazal社に25万ユーロの支払いを命じる判決を下し、この判決に対する上告は上記破棄院で2008年7月1日判決(破棄院は本判決で、パリ控訴院の2007年2月14日判決が香水の香りの模倣について著作権侵害を認めた点についてのみ、破棄した)により却下された。数年にわたるBPI社との訴訟の間に、Senteur Mazal社は倒産に陥った。

3) 裁判所によるBPI社の独占権の否定、判例転換の兆し(2009年-現在)

2009年に入り、こうしたフランス経済を担う香水産業のリーダー的地位を誇るBPI社とゴルチエ「ル・マル」を保護しようとする立場と一線を画し、胴体を模した香水ボトルに関するBPI社の独占権を否定する裁判所の判決が下されるようになった。

転換の発端となったのは、2009年3月4日のアジャン(Agen)軽罪裁判所の判決である。この案件では、BPI社は「カインドルックス・フォーメン(Kindlooks for Men)」という名の以下の香水を販売していた個人を、ゴルチエ「ル・マル」の商標権侵害を理由に刑事訴訟で訴えていた。

この香水ボトルはSenteur Mazal社の« Casuit for men »や« Inmate for men »と同じく、筋肉のついた裸体の男性の胴体を模したもので、1ボトルわずか2ユーロで販売されていた。

アジャン軽罪裁判所はBPI社の訴えを退け、BPI社に対し、被疑者に対する5,000ユーロの損害賠償の支払いを命じる判決を下したが、判決理由は以下のように非常に面白い内容である。

「2つの香水ボトルの共通点はそれらが胴体をモチーフとしていることであるが、これは香水ボトルのデザインとしてはありふれたものである。『カインドルックス』の香水ボトルは単に裸体で筋肉のついた、逆三角形の男性の胴体を表現しており、連想するのはシルベスター・スタローンやアーノルド・シュワルツネッガーのイメージである。一方、これに対してゴルチエ『ル・マル』の香水ボトルは洗練された水兵の体を表現した、オートクチュールの雰囲気を醸し出しており、これら2つの香水ボトルが同じ文化的、視覚的、美的印象を与えると主張することは、ジャン・ポール・ゴルチエに対して失礼である」。

この判決は2010年9月13日アジャン控訴院により全ての点について確定され、BPI社が行った上告は2011年6月28日の破棄院刑事部の判決で、全面的に却下された。

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