少数派株主が請求する会社の経営監査鑑定ー経営鑑定と予防鑑定の違い
有限会社や株式会社の株主は、大株主による会社の経営が少数株主や会社の利益を害している場合や、会社の 経営が不透明で不信を抱く場合に、裁判所に対し経営監査のための鑑定を申請することができる。
少数株主による会社の経営監査鑑定には「経営鑑定」(expertise de gestion)と呼ばれるものと「予防鑑定」expertise préventiveと呼ばれるものの2つあるが、違いは以下の通りである。
経営鑑定手続は会社法で規定されている 経営監査のための鑑定手続 (商法L223-37条、L225-231条)で、一定以上の持分又は株式を保有する株主(有限会社では資本金の10%、株式会社では5%)に認められている。この条件を満たした株主のグループは、商事裁判所に対し、会社の取締役や大株主によ り行われた特定の経営管理行為についての鑑定を申請し、裁判長は株主の申請理由を審査した後、一人又は複数の鑑定人を任命し、必要な経営監査を具体的に言い渡す。鑑定人の鑑定書は申請者である株主グループだけでなく、検察官、企業委員会、会計監査役及び会社の社長(有限会社の場合)や取締役会・監査役会(株式会社の場合)、さらに上場企業の場合には金融監督庁(autorité des marchés financiers)に提出される。経営監査の鑑定書はまた会計監査役の報告書に添付されて定時株式総会に提出されたのち会社の会計書類、総会の議事録と共に商事裁判所に提出されなければならず、外部の者が閲覧できるものとなる。
このように経営鑑定では鑑定書が広く公開されるため、会社の経営が公開されることを望まない株主は、予防鑑定(expertise préventive)を申請する場合が多い。
予防鑑定手続は民事訴訟法第145条で規定されている鑑定手続で、訴訟前の証拠収集のため のレフェレ (référé) に相当する。こちらの手続においては株主の保有株式数の条件はなく、ごく少数の株式を保有する 株主も鑑定を申請することができる。申請は商事裁判所の裁判長に対し、レフェレを求める訴状の形で行い、訴状の中で、会社の取締役や 大株主により行われた特定の経営管理行為についての鑑定が将来の訴訟の証拠を集めるためになぜ今必要かを具体的に説明する。裁判長は株主の申請を 認める場合には、一人又は複数の鑑定人を任命し、会社の特定の経営管理行為を鑑定する具体的な任務を与える命令を下す。
いずれの手続においても会社は経営上の秘密や会計監査役の 職業上の秘密保持などを理由に鑑定人の鑑定作業を阻むことはできず、鑑定人により作成された鑑定書の中で会社の取締役の過失が証明される場合には、株主はそれを証拠として会社が取締役の過失で受けた損害の賠償請求訴訟(株主代表訴訟)や自らが個別に受けた損害の賠償訴訟を提起することが可能である(“取締役の民事責任が成立する要件”の項参照)。
このように、経営鑑定と予防鑑定の手続は両方とも経営管理行為の鑑定を申請する手続であるが、各手続の法的性質は全く別のものである。
民事訴訟法第145条の予防鑑 定はレフェレであるため鑑定を命じる商事裁判所裁判所所長の命令は事実審理を含まない略式判決であるのに対し、会社法の経営鑑定は本訴であり、鑑定を命じる商事裁判所裁判所所長の命令 は本案判決である。
略式判決と本案判決では判決の効果が大きく異なり、控訴期限は略式判決では2週間、 本案判決では1ヶ月である。本案判決に控訴が行われた場合判決の執行は控訴院の判決が確定するまで停止されるの に対し、略式判決に控訴が行われた場合は判決の執行は停止しない。従って、会社法の経営鑑定手続で鑑定を命じる判決に会社の取締役が異議を唱えて控訴をする場合には、判決に仮執行が付されていない限り控訴期間中執行されず、鑑定人は控訴で判決が確定するまで鑑定作業を開始することができないが、レフェレの予防鑑定手続で控訴が行われる場合には鑑定作業は直ちに開始される。
本判決は、これら経営監査のための鑑定手続を申請する場合には、経営鑑定と予防鑑定の手続それぞれの法的性質と判決の効果の違いに注意することが必要であることを再確認したものである。
本件は、有限会社Enora社を共同で設立した夫婦が、のち不仲となり、2008年、総持分数の49%を保有する少数株主の妻が、夫による会社の経営管理行為が自らの利益を害するものとして、ラ・ロッシュ=シュル=ヨン市の商事裁判所にEnora社の経営管理行為の鑑定を求めた事件である。妻は会社の経 営鑑定を申請するにあたってレフェレの訴訟を提起した。本来レフェレの訴訟は民事訴訟法第145条の予防鑑 定の手続であるが、原告の訴状の中で商法L223-37条の経営鑑定手続について記載されていたため、ラ・ロッシュ=シュル=ヨン商事裁判所裁判所長は誤ってレフェレの判決の中で経営鑑定を命じる判決を下した。会社は裁判所長の判決に対し控訴を行い、その間判決が執行され会社の経営の鑑定作業が行われたが、ポアチエ控訴院はレフェレの手続で経営鑑定を命じることができないとして原判決を裁判所長の権限逸脱の理由で取り消し、鑑定作業を無効とする判決を下した。