Covid-19 : 店舗閉鎖期間中の家賃支払義務
2020年3月25日のオルドナンス第2020-316号(Covid-19対策で同日制定された25のオルドナンスの一つ) の第4条で、フランスでは2020年3月12日から「緊急事態が終了してから2か月」の期間中の家賃に関して、商事賃貸借契約の家主が、借主に対して家賃の不払いを理由とする全ての訴訟手続を行うことが禁止された。
この2020年3月25日のオルドナンス第2020-316号の規定は、マクロン大統領が2020年3月16日の演説で「企業が負担する家賃を一時停止する」施策を予告したことから、誤解を呼んだが、家賃の支払いを借主が一時停止することを認める規定ではない。単に家賃の不払いにより強制退去されることを一時的に不可能にする規定であり、借主は引き続き賃貸借契約に定められた家賃を支払う義務を負う。
しかし多くの借主は2020年3月17日から5月11日まで店舗を閉鎖した時期の家賃支払いを差し止め、その後ロックダウンが解除されて事業を再開した後もこの時期の家賃支払いを拒否したため、3月25日のオルドナンスで規定された保護期間が経過した2020年9月10日(緊急事態が終了した7月10日から2か月後)から、数多くの訴訟案件が商事賃貸借の家主により提起された。
商事賃貸借に関する案件は、司法裁判所(tribunal judiciaire、旧称「大審裁判所」tribunal de grande instance)が専属的管轄権を有し、商事賃貸借の家賃を借主が支払わない場合には、家主は未払い家賃の一部の支払いを借主に対して請求することも、賃貸借契約を解除して借主の強制退去を請求することもできる。
家主が未払い家賃の一部の支払いを借主に対して請求する場合には、レフェレ(référé)という司法裁判所の裁判長の下での急速手続を弁護士を通じて提起する。
レフェレの手続で、賃貸借契約の解除と借主の強制退去を請求するためには、商事賃貸借契約書の中に、借主た家賃の支払いを怠った場合には契約は自動的に解除されると規定する条項(解除条項、 « clause résolutoire »と呼ばれる)が定められていることが必要である。実務上は、家主は執行官(huissier)に依頼して借主に支払命令(commandement de payer)を通達させ、通達から1か月しても借主が家賃を支払わない場合には、司法裁判所の裁判長の下でのレフェレの法廷に借主を呼び出す原告の訴状を通達する。裁判長は家賃債務が確定していることを確認すると、解除条項の効果により賃貸借契約が解除されたことを宣言し、借主の強制退去を命じる決定を下す。
商事賃貸借契約書の中に解除条項が定められていない場合には、家主はレフェレの手続で賃貸借契約の解除と借主の強制退去を請求することはできず、司法裁判所に本案訴訟を提起して長期の裁判に臨まなければならない。
2020年9月から家主により提起された訴訟手続で、借主は2020年3月から5月までの店舗閉鎖時の家賃の支払い義務を拒否するために様々な法律議論を裁判所に提示したが、フランス最高裁である破棄院は、2022年6月30日の3つの判決で、それまで非統一だった下級審の判例を統一させた。
I. 商事賃貸借契約の借主により提示された法律議論 (2020 – 2021)
1) 不可抗力 (force majeure)
不可抗力はフランス民法1218条で、「契約締結時に債務者が予期することが不可能で、その効果を防止しえず、それにより債務者が債務を果たすことができなくなる出来事」と定義されている。不可抗力があると認められる場合には、債務者は債務を履行しないことの責任を問われない。
フランスでは破棄院の判例で、金銭の支払い義務を負う債務者は、不可抗力を理由として支払い義務を逃れることはできないという原則が打ち出されている(破棄院商事部、2014年9月16日判決、上告番号13-20306)。金銭の支払い義務は履行が債務者の経済的状況により難しくなりうるが、義務の履行自体が不可抗力により完全に不可能になることはないからである。
この判例の原則に基づいて裁判所はほぼ一貫して、不可抗力を理由として2020年3月17日から5月11日までの家賃の支払い義務がないとする借主の議論を退けた。
• モンペリエ司法裁判所2020年9月10日判決
• パリ司法裁判所 2020年10月26日レフェレの命令
• グルノーブル控訴院2020年11月5日判決
• リヨン控訴院2021年3月31日レフェレの命令
• パリ控訴院2021年5月12日判決
• パリ控訴院2021年6月3日判決
2) 契約相手方の契約義務不履行を理由とする不履行 (Exception d’inexécution)
民法1719条では、賃貸借契約の家主は借主に対して、賃貸の対象となる物件を引き渡し、賃貸契約で定められた用途を果たすよう手入れを行い、賃貸借契約の期間中借主が平穏に物件を使えるよう配慮して設備の質を保つ義務があるとされている。
フランス債権法の原則の一つである契約相手方の契約義務不履行を理由とする不履行(Exception d’inexécution)は、民法1219条で以下のように規定されている:「契約の一方の当事者は、たとえ履行しなければならない契約義務があっても、他方の当事者が自分の契約義務を果たさない場合でその不履行が重大なものである場合には、契約義務を履行することを拒否することができる。」
この規定を理由に多くの借主は、2020年3月から5月の間、政府の決定で店舗が閉鎖されて事業を行うことができなかったことは、家主が物件の引き渡し義務を果たさなかったことにあたるので、借主は契約相手方の契約義務不履行を理由とする不履行の適用により家主に対して店舗の家賃を支払う義務は負わないと主張した。
しかしこの民法1719条と1219条を根拠とする借主の主張は、家主は借主に店舗の使用を妨げていないため引き渡し義務の不履行はない、または家主が物件の引き渡し義務を果たすことができなかったのは不可抗力(店舗を閉鎖するという行政機関の決定)によるものであるから家主はそれについて責任を負わない、という理由で多くの判決により却下された。
• パリ司法裁判所 2020年10月26日レフェレの命令
• グルノーブル控訴院2020年11月5日判決
• ストラスブール司法裁判所2021年2月19日レフェレの命令
• パリ司法裁判所2021年2月25日判決
• ラロシェル司法裁判所2021年3月23日判決
• リヨン控訴院2021年3月31日レフェレの命令
3) 賃貸物件の喪失 (Perte du local loué)
フランス民法は1722条で以下のように規定している:「賃貸借契約期間中に賃貸物件が予期不可能な事情で全部、ないし一部損壊した場合には、賃貸借契約は自動的に解除される。損壊が部分的なものである場合には、借主は家賃の減額、または賃貸借契約の解除どちらかを請求することができる。」
2020年3月から5月までの時期の未払い家賃の一部支払い、または契約解除と強制立ち退きで家主から訴えられた借主は、この民法1722条の規定を理由に行政機関の決定で借主が店舗を使用できなかったことは「賃貸物件の喪失」にあたるため家賃の支払い義務はないと主張し、いくつかの裁判所は借主の請求を認めた。
• パリ司法裁判所執行裁判官2021年1月20日判決
• ベルサイユ控訴院2021年3月4日レフェレの判決
• ラロシェル司法裁判所2021年3月23日判決
破棄院の判例では、民法1722条の「賃貸物件の喪失」は物件が実際に損壊した場合だけではなく、損壊に準じた事実がある場合にも適用されるとされている(例えば行政機関の決定でショッピングモールが閉鎖された場合、破棄院民事第3部、2007年10月30日判決、上告番号07-11.939 )が、この法律概念が新型コロナ対策による店舗閉鎖に適用されるか否かについてはフランス裁判所で現在下級審判決の判例が大きく分かれている。
学説は、顧客を店舗に入れることが禁止されたため借主が賃貸物件を使用できなかったことに民法1722条の「賃貸物件の喪失」を適用することに非常に肯定的であるが、いくつかの下級審判決では、家主に過失がない以上家賃の支払い義務が生じる、または「賃貸物件の喪失」が店舗の閉鎖に適用されるためにはその閉鎖が恒久的なものではなければならず、新型コロナ対策による店舗閉鎖のような一時的な閉鎖には適用されないという理由で、借主の主張が退けられている。
• パリ控訴院1月20日判決(上記パリ司法裁判所執行裁判官2021年1月20日判決を取消)
• ストラスブール司法裁判所2021年2月19日レフェレの命令
• パリ控訴院2021年3月18日判決
• ベルサイユ控訴院2021年5月6日判決
• リヨン控訴院2021年3月31日レフェレの命令
4) 契約履行における信義則
2020年の店舗閉鎖時期の家賃未払いで訴えられた借主はまた、民法上の信義則(1104条、「契約は誠実に交渉、締結、履行されなければならない」) に基づいて、家主が新型コロナ危機の事業への影響を考慮して商事賃貸借契約の履行の仕方を新たに話し合わないことは信義則に反すると主張した。
パリ司法裁判所は2020年7月15日のプレスリリースで、「(新型コロナのような)特別な状況下では、契約当事者がお互いの契約義務の履行の仕方について話し合い、履行しやすくするのが望ましい」と表明している。
これまで出された下級審判決では、裁判所はこのパリ司法裁判所の立場に沿って、家主、借主それぞれが契約を信義則に基づいて履行しているかをケースバイケースで審査し、家主が2020年の店舗閉鎖時期の家賃の支払いをしやすくする方法(家賃額を減らすまたは支払い時期を遅らせるなど)を借主に提示している場合には、借主の主張を退けて家賃の支払いを命じている(ストラスブール司法裁判所2021年2月19日レフェレの命令)。
家主がレフェレの手続で賃貸借契約の解除と借主の強制退去を請求する場合(上述)に、借主がこの信義則の議論に基づいて自分が誠実に家賃を支払おうとしていることを証明すると、司法裁判所裁判長はレフェレの手続では賃貸借契約の解除と借主の強制退去は命じることができず、本案訴訟が必要であると判示する傾向にある(パリ司法裁判所2021年1月21日レフェレの命令)。
II. 破棄院の立場―2022年6月30日の3つの判決
フランス最高裁である破棄院は、2022年6月30日の3つの判決で、これらの下級審の判例を統一させた。
1. 上告番号n°21-20.127 (Odalys résidences SAS c. Mr. et Mrs. I)
2. 上告番号 n°21-20.190 (Action France SAS c. Foncière Saint-Louis SCI)
3. 上告番号 n°21-19.889 (Bourse de l’immobilier SAS c. Lafran SCI)
案件n°21-20.127(Odalys résidences SAS c. Mr. et Mrs. I)では、ホテル業を営んでいた借主が、2020年3月14日から6月2日までの間営業禁止となったために、その間の家賃を払わず、家主からレフェレの手続で不払い家賃の支払命令を受けた。これに対し借主は控訴し、控訴院(グルノーブル2021年7月1日)で第一審の支払命令が確定されたため、2020年の新型コロナ対策による営業禁止措置の間の家賃支払い義務は、家主の家主が物件の引き渡し義務の不履行や賃貸物件の喪失といった法律議論があるため本案訴訟で裁かれなければならず、レフェレの手続では裁くことができないとして、上告を行った。
これに対し破棄院は、2020年の新型コロナ対策による営業禁止措置は公共衛生の見地から決定されたことであり、家主の契約不履行、賃貸物件の喪失といった法律議論はないためレフェレの手続で裁くことができるとして、上告を却下した。
案件n°21-20.190 (Action France SAS c. Foncière Saint-Louis SCI) では、ディスカウントストアの経営をしていた借主が、2020年3月から6月までの営業禁止期間中の家賃を支払わなかったため、家主が保全措置として家賃額に相当する債権の保全措置として借主の銀行口座の預金を差し押さえたため、借主は保全措置の取り消しを請求する訴訟をパリの執行裁判官のもとで提起した。第一審、控訴審共に借主の請求を退けたため、借主は上告を行い、行政機関の決定で借主が店舗を使用できなかったことは「賃貸物件の喪失」、家主の物件の引き渡し義務不履行、不可抗力にあたるため家賃の支払い義務はなく、家賃の支払いを家主が強制することは信義則に反すると主張したが、破棄院は、2020年の新型コロナ対策による営業禁止措置は公共衛生の見地から決定されたことであり、「賃貸物件の喪失」や家主の物件の引き渡し義務不履行はない、また借主は2020年の新型コロナ対策による営業禁止措置により家賃の支払いが不可能になったわけではないので不可抗力を援用することはできず、家主は善意をもって対処したので信義則に適っているとして、上告を却下した。
案件n°21-19.889は、ボルドーの不動産業者が2020年3月から6月までの営業禁止期間中の家賃を支払わなかったために家主から訴えられたものであるが、案件n°21-20.190と同様、破棄院は2020年の新型コロナ対策による営業禁止措置は公共衛生の見地から決定されたことであり、「賃貸物件の喪失」や家主の物件の引き渡し義務不履行はないと判示した。